カテゴリ:街( 31 )

 

田舎。

今日は終戦記念日なのよね。60回目の。
きっとテレビでもそれ系の特集が多く組まれていて興味深いに違いないけれど、あまりのんびりテレビを見ている心境ではないので何も見てない。
と言いつつ、今日は朝から親戚が集まり、みんなでランチをしたのでとても穏やかな和みの1日ではあったけれど。

やっぱりお盆はいいね。
いつもは自分だけ年中休暇の気分だけど、この数日は世間の多くの人が夏休み。
田舎に帰省したりしてるんでしょう。
うちは両親とも広島の人間なので、小さい頃は遠くのおばあちゃん家なんかに帰省していく友達が羨ましくもあったけれど、今は自分が遠くに居るので、親戚などが広島市内(というか町内?!)に集まっているのは有難い。

そういえば自分が東京に住んでいた頃はよく東京が地元の友達に”帰る田舎があって羨ましい!”と言われたものだ。そういえばお正月を東京で過ごしたことないなぁ。
きっと人がごっそり居なくなるお正月を東京で過ごすのはちょっと寂しいかもしれない。

私がこれから世界のどこに居ようとも、私の田舎はここ広島なんだよねぇ。
愛すべき我が故郷です。
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by smilingmoon | 2005-08-15 22:09 |  

リーズ。

ロンドンの爆破テロの犯人が住んでいたとされるブラッドフォードの隣町、リーズ。
私が住んでいるところから電車に乗ると、15分もせずリーズに着いてしまう。はっきり言ってブラッドフォードに行くのとリーズに行くのは同じ所要時間なので、洋服のショッピングに行くのなら断然リーズだ。というのも、ブラッドフォードには小さなH&Mなんかはあるものの買うような服はあまり売ってない。引き換えリーズは今イギリスで一番お洒落で人気のある街と言われていて、若者も好んで住むし(巨大なリーズ大学があるせいもある)お店もたくさんある。

そしてリーズは平和に向けた取り組みにも熱心な自治体で、去年夏の広島ピースミッションでリーズ市を訪問した時は議員さんたちと市庁舎でランチをご馳走になった。
ブラッドフォードは都市開発に失敗したけど、リーズは成功したと言われる、まさに明と暗の対照的と言われる模範の街なのです。

今回のテロ犯が本当にリーズに住んでいた彼らなのだったら、近所の人はショックだろうなぁと思う。でもその反面、そこまで驚かないのかなとも思う。
ブラッドフォードでも数年前に暴動があり、火炎瓶が飛び交う大変なことがあったという話しは以前にも日記に書いたことがあるけど、それ以降も警察の人の話などから、”また何かあるかもしれない”という気持ちはどこかに常にあるような印象を受けたから。

そして、もちろんみんながそうではないけれど、やっぱり街中でも仕事にも就かず車を猛スピードで走らせ路上でたむろするパキスタン系イギリス人の若者たちの姿をよく見る。実際やはりものすごく失業率が高いのだそうだ。
そんな彼らも生まれはイギリスなので、自分が生まれた国、土地に愛着はあるのだろうと思うけれど、今回の犯人とされる人たちもイギリス生まれと言われていたから何だかショックだった。
イギリスの価値観の中で育ち、イギリスのテレビ番組などを見ながら育った人たちが今回のような犯行に出る。(まぁそうは言っても、あの地域で育ったらまるで自分が中東に住んでるかのような気分にもなったりするので、イギリスの価値観の中で育った、というのは正しくないかもしれない。)
まったく理解不能なイスラム原理主義者、っていうわけではなく、近所に住んでいたパキスタン系イギリス人の青年、ってところがとても怖い気がする。

これでまた特に私が住んでいる地域でのイスラム系移民の人たちに対する偏見が助長されるのは必至だろうなぁ、残念ながら。
これまでその溝を埋めようと頑張っている人たちを見ているので、無念だ。

中東で起きている問題は他人事じゃないとあらためて今回の事件で思った。
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by smilingmoon | 2005-07-13 10:40 |  

雨のニューヨーク。

ニューヨークでの滞在中、雨が降ることはあまりなかった。週1回も降らない程度だったかも。
そんな珍しい雨が今日は1日降った。地下鉄のプラットフォームの蒸し暑さは倒れそうなくらいだったけど、クーラーがないロンドンの地下鉄よりはマシか?

私は最後のお土産調達諸々でぶっ続けで8時間歩いていたことになる。
買い物をしている時には半日でもブーブー言わず歩けるのが不思議だ。

いまは夜中の12時を回ったところ。
実はこれから荷造り開始。
6週間の滞在なんだから1、2時間ですぐにパッキングなんてできてしまうだろうと高をくくっているところ。
フライトは朝の10時過ぎなので、家を7時には出ないといけない。寝れて3時間かな。
でも14時間の空の旅なので、眠くなるように仕向けておかないと辛いことになる。
14時間かぁ~。あらためて長旅だな~。なんだか怖い。

10ヶ月ぶりの日本に思いを馳せ・・・。

さよなら~、ニューヨーク。
また2ヵ月後に!
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by smilingmoon | 2005-06-27 12:54 |  

ブロンクス。

毎日毎日あっという間に1日が終わって夜になっている。
そして毎日毎日楽しい。
ずっとこの生活が続けばいいのに・・・と思うけど、現実はそう甘くはない。書かないといけない論文も期日が迫っている。今のこの楽しさは後の苦しさに繋がっているのかもー。後でツケを払わないといけないんだろうと思う。了解。

今日はブロンクスというエリアにある公立学校に行った。
キャサリンの放課後プログラムの生徒の一人であるニコルが核兵器についてプレゼンテーションをするというのでそれを見に行ったのだ。
ニコルのプレゼンもとても良かったけれど、個人的にはこのブロンクスの様子がとても印象的だった。
駅を降りてもスターバックスとかドラッグストアとか、他のNYの地区にはありがちなお店などは皆無。そしてそこに居る人々は9割以上黒人の人たち。
まるで外国に来ているみたいだった。
そして街も汚いし殺伐としているのだ。ちょっとベンチに座れるような場所もお茶できるようなお店もない。
かなーり失礼なことを言ってみると、東京に住んでいた時、西の方(世田谷とか杉並とか)から初めて足立区に行った時のような気分。
同じ都市にあるのに、何だか雰囲気が違うのだ!

行った学校もほぼ全員が黒人の生徒だった。まさにインナースクール(都市中心部の学校)と言われる学校だと思う。
妊娠や中退をせず18歳までたどり着くというのはこの地域の子供たちにとってみればとても大変なことなのだそうだ。
これまで私が訪問したことのある学校とは全くおかれている状況が違う子供たち。毎日が云わば生きるための戦いだ。

授業終了後、学校を出てから無事地下鉄に乗るまで1時間近くかかった。本来なら10分で乗れるところを・・・。
全てにおいて不便なのだ。
お金のある)もしくは普通の)地域の地下鉄の駅には必ず係員の人が居て、チケットの自販機も何台が設置されている。
でもここの駅の改札は封鎖されていた。だからカードがおかしくて改札を通れない時でも文句を言っていくところがない。仕方ないから切符を新たに買おうと思っても陸橋を渡った違うサイドまで行かないとチケットさえ買えない。仕方ないからカードが直るまで近くのカフェでお茶でもしようということになったけど、カフェは閉まってるし、近くに座るようなベンチもない!
とにかく貧しい地域にはサービスというものが与えられていなかった。こんなんじゃ、やる気もおきないわ。

同じアメリカにおける貧富の差をとことん感じた1日だった。
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by smilingmoon | 2005-06-01 23:16 |  

"New York"

夜の一人は怖いけれど、一人でこの大きな家で暮らすのも快適。
よく考えたら長い間東京では一人暮らしをしていたのにその後の約4年間は常に誰かと暮らしている。
一人暮らしって気楽で好き。

今日はニューヨークの気温も80F(どれくらいだろう。30度近くかな。)まで上がり、初夏の気候だった。
おまけにメモリアルウィークエンドなので、恒例のBBQを屋外で楽しんだ人が山ほどいるはず。
この辺りの小さな庭しかない人々もBBQをしている家が何軒かあった。

ちょうどいい天気なので、私はマギーを裏庭に出し、一緒に30分くらい日向ぼっこをした。
裏庭には勢い勇んで跳び出て行く。きっと表は車や人が通るから怖いんだな。怖がり犬。
明日の夜にはホストも戻ってくるので、もうちょっとの辛抱だ。この責任感も・・・。金魚も生きてるし!

夕方からタイムズスクエアーに行き、知り合いの人とご飯を食べに行った。
ニューヨークは地区によって特色があり、32番通りには韓国系のお店が固まっているというのでそこに韓国料理を食べに行った。
確かにその通りの周辺にはハングルの文字や韓国語を話す人たちで溢れていた。
美味しい韓国料理をご馳走になり、大満足。
ニューヨークにいると各国の美味しい料理が食べられるので、あまり家で料理をしなくなるニューヨーカーの気持ちが分からなくもない。
昨夜食べに行った国連近くの日本料理のお店も日本で食べるのと同じかそれ以上に美味しかったし。

今夜夕食をご一緒した人は明日日本に帰国してしまう。
1ヶ月滞在したニューヨークも今夜が最後かと思うととても名残惜しいとのこと。その気持ち、よく分かる。
特に1ヶ月滞在ってちょうどいい感じになってくる頃だし、もっと居たいと思う頃。季節も一番良い時期だし。
私もあと2週間でニューヨークともお別れかと思うと今から何だか名残惜しい気分になってくるのだった。
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by smilingmoon | 2005-05-29 13:36 |  

いとしのブラッドフォード。

今夜やっとブラッドフォードに戻ってきた。曇り空の隙間から美しいヨークシャーの緑の地が見えた時には心から嬉しかった。住み慣れたこの土地もそうだけど、やっぱりそこにいてくれる友達がいるからこの場所はスペシャルなんだと実感した。飛行機のタラップを降りたときには息が白くなり(7度だった・・・)、30度近かったスペインとはえらい違いだったのには笑えたけど、その寒々しさまで清清しく感じてしまったのだからもうすっかり私はブラッドフォーディアンだ。

ゲルニカでのシンポは本当に朝から晩まで忙しく、他には何もする時間はなかった。夜10時から夕食を食べ始めるお国柄なので、ホテルに戻ってきたら12時1時。そして朝は普通に9時スタートなので本当に疲労困憊してしまった。日記を書く暇もないくらいに。
そんな中、昨日は私の誕生日だった。一行はサンセバスチャンという観光地を訪問した。1日中青空でサンセバスチャンもナポリのように美しく(行ったことないけど)最高だった。市庁舎を訪問した際にカクテルパーティーがあったのだけど、その時にハッピーバースデーを皆から歌ってもらった。夜は中華料理屋で15人くらいの最後の晩餐をしたのだけど、その時も店中のお客さんが歌を唄ってくれ、これはかなり照れくさかった。またひとつ年を重ねることに対して感動がなくなってしまったけれど、こうやって元気&幸せに誕生日を迎えられることは感謝しなくちゃいけないんだろう。どうもありがとう。

さて、また3日後にはニューヨークに出発です。何だか疲労気味だけど、適当に頑張ろう。
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by smilingmoon | 2005-05-08 13:00 |  

成熟した社会とは言うけれど・・・。

敦子さんがお昼の電車でロンドンに帰って行った。
昨夜は3時過ぎまで電気を消して暗い中お喋りをしていたけど、とても難しい話をしていた気がする。何の話をしていたのか思い出せないけど(半寝?)、とにかく深夜にベットに入ってする話じゃないと思った記憶が・・・。教科書問題とかメディアのあり方などなど。敦子さんはメディア畑の人なんでね。
夜はメッポウ弱いという敦子さんだけど、そんな時間までよく頑張りました。きっと帰りのメガバスでは熟睡だったんじゃないかな。(リーズからロンドンまで片道200円から行けるというメガバスというものが出ている。でも高速バスじゃなく、普通の二階建てバスを改造しただけのものらしい・・・。)

敦子さんを見送ってからちょっと買い物をし、その後また今日も学校へ向かった。国立図書館から取り寄せてもらっていた本が大量に届いていたので(8冊も!)それを引き取りに。
これで今週末は部屋に篭れるわぁ。参考文献がなくて困っていたので。
帰りにまたモリソンズで食糧も調達したし、完璧!週末は雨でも雪でも全然構いません。外に出ないしー。これが快晴だったら酷い。自分をまた試されるわ。

帰りにバス停まで行ったら片目に涙を一杯ためたおじいさんがバス停に立っていた。
すぐに私に”680待ってるの?”と話しかけてきた。”はい。もう行っちゃいました?”という会話から始まり、延々とこのおじいさんは私に話しかけたり歌を気持ちよく唄ったりしていた。バスがこういう時に限りずっと来なくて、すっかり私はおじいさんの時間潰しにされた感じ?
”近所に中華料理屋さんがあるんだよ”(へぇ)から、”僕はビールは飲まないけどパブに行くのが大好き”とか”食べ物はやっぱりフィッシュ&チップスだよ”(笑)などなど、いかにもーっていうイギリスのおじいさんだった。でもちょっと怪しかった!
バスに乗っても後ろの座席からちょろちょろ話し掛けてくるので車酔いしそうになった。降りる時も”お話できて良かったよ。ありがとう!”と握手して去って行った。笑顔一杯で。
なんだか”会話”に飢えていたようだ。もしかしたら孤独な人なのかも。
イギリスもお年寄り多いんで、孤独そうなお年寄りをよく見る。(勝手に私が判断してるだけだけど。)やっぱり核家族が多いし、日本みたいに結婚して親と同居ってほとんどないし。ジョージとイニッドを見ていても、もし片方がいなくなったら・・・と考えると、とても寂しいことになると思う。まさに孤独だ。
引き換え、ブラッドフォードに溢れるパキスタン家族たちは大人数!なんといっても少子化の進むイギリスにおいて、ブラッドフォードの出生率は凄まじい。加えてお年寄りや子供たち、みんな大家族で住むのがパキスタン流らしく、いつも賑やかそう。だから孤独そうに老夫婦が手を取り合って歩いているパキスタン人は見ない。
大人数で住むのも大変なこともあるんだろうけれど、イギリスや日本みたいに核家族化が進んだ社会を見ていると、パキスタン家族みたいにみんなでワイワイも楽しいんだろうと思った。特に自分が年を取った時には。
いつか自分もおばあちゃんになるのだけど、今はまだそんな先のことは考えられない。でも話し相手のいない老後なんて絶対つまんないだろう。生きる価値を見出せなくなりそう。
先進国が抱える問題ってどこも似てるね。先進国になることがいいことじゃない時もあるなと最近よく思う。成熟した社会・・・か。
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by smilingmoon | 2005-04-15 07:35 |  

日曜のブラッドフォード。

日曜のブラッドフォード。
どこのお店も開いていない。
大型スーパーでさえ日曜は開いていないか、開いていても夕方4時頃には早々に閉まってしまう。
日本のように元旦も日曜も関係なく夜な夜な開店しているのがいいのかというとそれもどうかと思うけれど、このブラッドフォード(イギリス)の日曜の街の無愛想さにはちょっと嫌気がさす。(特に、開いてると思って6時に隣町のスーパーに行ったら既に閉まっていた悔しさから!)

そんな日曜日なのに、ブラッドフォードのシティーセンターである人と会う約束をした。
広島でお世話になっているある人を経由して紹介された日本人女性。初めて会う。
ブラッドフォードの近くの町の中学校で、日本語教師のアシスタントを3ヶ月ほどしている女性。でももう今月末にはその仕事も終え、4月には日本に戻ってしまうそうだ。

一緒に向かったのは、またもやオマールカン。金曜行ったばっかりだ。
日曜のランチはお得なセットメニューがあってお気に入りなのだけど、私たちが到着した12時半から2時間、客は私たちだけだった。貸切状態。
その女性は私より年上だけど、目のクリクリとしたいかにもエネルギッシュなかわいらしい人。
昼間だけど”お酒好きなんですよねー!”と言ってドラフトビールを1パイント注文された時から何だか親しみがググーッと沸いてしまった。私も半パイントのお供。
彼女がどのような人生をこれまで歩んでこられたのか、今イギリスの学校で教えている授業の様子などをとても興味深く聞かせてもらった。
特に報道関係にいらした時のお話などは面白かった。
その後も場所を写真博物館の中のカフェに移し、延々と尽きない話を楽しんだ。
結局5時間喋り通した。初めて会ったのになぜかそんな気がしない人。

ここにも居た、自分に正直に生きてる人。
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by smilingmoon | 2005-03-13 09:27 |  

BNP

3日間の「ブラッドフォードスタディーツアー」もやっと今日で最終日を迎えた。
たったの3日間だったけど、その間に得る情報量は相当なもので、加えて朝から晩までだったのですっかり疲れてしまった。今朝なんてベットの中で何度も”今日はやめとこうか・・・”という誘惑に負けそうになったけど、やっぱり今日も行って良かった!3日前と今ではブラッドフォードの見方も5倍くらい面白くなった気がする。

今日一番興味深かったのは、やはり極右政党のBNP(ブリティッシュ・ナショナル・パーティー=国民党)とのミーティングだろうか。
午前は市庁舎を訪問して、各政党の議員と30分ずつの会談をした。BNPはドタキャンするんじゃないか、という私達の予想に反して、予定ではアンジェラ・クラークという女性BNP党員一人とのミーティングだったのに、会場にはジェームス・ルースフィールドという一方的に喋り捲る男性議員も参加してきて、当初のアンジェラはほっとんど発言もしなかった。

そのジェームス議員の発言は、予想通りというか、予想以上というか、やっぱり普通の思考で考えたら”そりゃおかしいだろ”というようなことを平気でポンポン言うので、平和を学ぶ私達の中には見るからに怒り心頭の様子の生徒も見受けられた。
例えば、”移民はみんな祖国に帰っちまえ”発言。

”1950、60年代に労働力の不足から多くの移民を受け入れたが、それは自動化などで乗り越えれば良かったことで、移民を受け入れたばかりに彼らは住み着いてしまい、その人口は膨れるばかり。彼らの出生率は恐ろしく高いもので、貧しいくせに子供の数ばかり増えるので、白人の労働階級の税金はそういう貧しい移民の地域ばかりに注入されていき、白人はその恩恵さえ受けることができていない。そんな不公平なことが許されてたまるか!だからブラッドフォードから白人は逃げていくんだ。ヤツらのために働いてるんじゃない!”

議員として、ブラッドフォードをどういう方向にリードしたいのか、という質問に対しては、
”この町に調和をもたらすような解決策はない。調和などないんだ!”

こんな発言を議員がするということも信じられないことではあるけど、そういうBNPを支持する人たちが居たということ自体がショッキングだと思った。
確かに、いつからかこの街にはパキスタン人がどんどん増え始め、中東の民族衣装を来た人たちが町を闊歩し、レストランはカレー屋かケバブ屋か、というようになった。BNPの言葉を借りれば、これまではこの時期にはクリスマスカードを店頭で多く見かけたのに、パキスタン人が増えて以来、この町ではクリスマスカードの習慣などなくなってしまい、店でも見かけなくなった。こうやってイギリスの文化が侵食されていった。これを好まない白人の人たちは郊外に逃げて行った。

このことで、白人と南アジア系移民の移住地区がクッキリと分かれてしまい、お互いのエリアに行くことに”恐怖”を感じている。シティーセンターから車で15分も走るとそこは美しいヨークシャーデールやムーアが広がっているのだけれど、移民の多くは20年とか長いことブラッドフォードに住んでいながら、そういった白人ばかりの郊外に出た事がないという人がかなり多いのだ。信じられる??それは、自分たちと同じような仲間がいる地域の”外”、つまり、安全とは感じられない地域に足を踏み入れることの”恐怖心”からだ。
そして、以前聞いたことのある、”白人ばかりの移住地域に南アジア系の家族が引っ越したら、家にレンガや石などを投げられてすぐに引っ越していかざるを得なかった”という話は誇張かと思っていたけれど、本当の話だった。衝撃的だ。ここは北アイルランドか?!

リベラル・デモクラット(”リブデム”と短縮して呼ぶ。自由民主党?)の女性議員は、BNPのことを”人の恐怖心につけこむ卑怯な政党”と表現した。他のレイバー(労働党)やグリーン(緑の党)の議員たちも、BNPのような人種差別グループを政党とは認めたくないとして議会でもオフィシャルな討議の場以外では言葉も交わさないそうだ。(これに対しては、生徒から”対話”も大切なのでは?”という意見が出た。)

今回のブラッドフォードツアーで頻繁に出てきた言葉がコレ。

「segregation」(分離、隔絶、人種差別)

ブラッドフォード(イギリス?)では、人種や社会階級(クラス)によって色んなところでsegregationが起きている。
これはちょっと日本にはあまりないタイプだと思うけど、今後労働力確保のためにも移民受け入れを検討しなくてはいけない日本にとっては他人事ではない問題だと思う。

でもうまくいく方法も絶対あるはずだと思う。絶対に。
学校を例にとっても、異文化が共生している学校はブラッドフォードにもあるわけだし。差別というのは親や環境によって子供に伝えられるものだと思うし。
最近イギリスでは全国的に「citizenship」という科目が必須になったそうだ。”市民権”、”公民権”という意味だ。
人々が安心して暮らせる権利についてしっかり考える機会にして欲しい。
恐怖を感じながら生活することが、プラスに働くことは何一つないのだから。
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by smilingmoon | 2004-11-11 10:01 |  

West Yorkshire Police Station

今日も昨日と同じバスに乗る。似たような顔ぶれ。
バスルートにはいくつか学校があるのだけど、この辺の中高生はほぼみんな制服を着用しているようだ。ブレザータイプ。
日本でも女子学生はスカートを短くしているけれど、それはこちらでも同じ。超ミニタイトスカートなのだけど、黒のタイツを履くことも義務付けられているようで、あまりいやらしい感じはしない。加えて、10代はまだ太ってない女の子が多いので、長い手足がモデル並でかっこいい。

さて、今日のスタディーツアーは昨日より興味深かった。
特に印象に残ったのは、ウェストヨークシャー警察署訪問。
ブラッドフォードの治安や2001年の暴動の様子などを聞いた。
その暴動の事件では、”警察がもっと早く鎮圧していれば、あそこまで酷くならなかったのに!”という非難を浴び続けた当の警察なので、そこのところはどうだったんだろう、と話を聞くのをみんな楽しみにしていた。

まず、ブラッドフォードについて。
最初に言われたのが、”ブラッドフォードは外の人が言うほど全然危険な場所ではなく、犯罪も少ない方だ。メディアなどはスキャンダラスにこの町を悪として報道したがるけれど、実際はそうではない。”だそうだ。
んん、そうかな?

そして、2001年の暴動が起きたきっかけは、白人至上主義の差別政党、BNPがブラッドフォードでもデモ(マーチ)をしようと計画していたが、それは問題が起きるということで警察は阻止した。BNPのデモを阻止したのなら、他のデモも中止にさせないといけないということで、対抗して予定されていた”反ナチ”団体のデモも中止にさせた。中止させられたことに不満を持った人たちが、暴徒となって暴動を起こしたということだ。
でもその反ナチで集まった人のうち、本当に平和を追求して集まったのではない、暴動を最初から準備して集まった輩がそれを引き起こしたのであろう。なぜなら、警察に向かって投げられた石油爆弾の量からして、その時に思い立って用意した量ではなかったからだそうだ。

その暴動は午後早い時間に始まり、翌朝の4時、5時にやっと収まったそうだ。
写真を見たけれど、車に火がつけられたり、警察にレンガや石を投げたり、まさに暴徒だった。
その時の写真やビデオからそれに加わった200人以上のうち、悪質な者50人強を割り出し、逮捕した。

巷でよく言われるのが、”あの暴動に参加したのは実はブラッドフォードの人間ではなく、それに便乗してやってきた外部からの人間が大半だったのだ。ブラッドフォードの地元の者の仕業ではない。”ということ。
しかし、今日会った警察官は、それを真っ向から否定した。
”あれはほとんどが地元のブラッドフォーディアンで、現に逮捕された五十何人の内、外部からの人間は5~6人に過ぎなかった。”

まあ事件の流れとしては、元々人々の間に緊張が高まっていたところ、それをBNPが刺激し、案の定刺激された人たちの不満が爆発したというところか。
これで一番ほくそえんでいるのは、何を隠そう(?)BNPなどの人種差別主義者たち。
”ほらみたことか!”と勢い勇んで選挙ではこの暴動などを槍玉に挙げ、思惑通り議席を確保。

うまいなー。というか、作戦見え見えだけど、まんまとみんなそれにのってしまって。。。

あの暴動から3年。
最近では壁に書かれた落書きやWEB上をチェックしたりして、コミュニティーでの”テンション”(緊迫感)を測っているそうだ。

彼らが”過去を振り返るだけではダメだ!ブラッドフォードはとても良い町なんだ!”と力説するごとに、自分の気持ちは逆に冷めていった。

解決の糸口はどこに。。。
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by smilingmoon | 2004-11-10 08:28 |