West Yorkshire Police Station

今日も昨日と同じバスに乗る。似たような顔ぶれ。
バスルートにはいくつか学校があるのだけど、この辺の中高生はほぼみんな制服を着用しているようだ。ブレザータイプ。
日本でも女子学生はスカートを短くしているけれど、それはこちらでも同じ。超ミニタイトスカートなのだけど、黒のタイツを履くことも義務付けられているようで、あまりいやらしい感じはしない。加えて、10代はまだ太ってない女の子が多いので、長い手足がモデル並でかっこいい。

さて、今日のスタディーツアーは昨日より興味深かった。
特に印象に残ったのは、ウェストヨークシャー警察署訪問。
ブラッドフォードの治安や2001年の暴動の様子などを聞いた。
その暴動の事件では、”警察がもっと早く鎮圧していれば、あそこまで酷くならなかったのに!”という非難を浴び続けた当の警察なので、そこのところはどうだったんだろう、と話を聞くのをみんな楽しみにしていた。

まず、ブラッドフォードについて。
最初に言われたのが、”ブラッドフォードは外の人が言うほど全然危険な場所ではなく、犯罪も少ない方だ。メディアなどはスキャンダラスにこの町を悪として報道したがるけれど、実際はそうではない。”だそうだ。
んん、そうかな?

そして、2001年の暴動が起きたきっかけは、白人至上主義の差別政党、BNPがブラッドフォードでもデモ(マーチ)をしようと計画していたが、それは問題が起きるということで警察は阻止した。BNPのデモを阻止したのなら、他のデモも中止にさせないといけないということで、対抗して予定されていた”反ナチ”団体のデモも中止にさせた。中止させられたことに不満を持った人たちが、暴徒となって暴動を起こしたということだ。
でもその反ナチで集まった人のうち、本当に平和を追求して集まったのではない、暴動を最初から準備して集まった輩がそれを引き起こしたのであろう。なぜなら、警察に向かって投げられた石油爆弾の量からして、その時に思い立って用意した量ではなかったからだそうだ。

その暴動は午後早い時間に始まり、翌朝の4時、5時にやっと収まったそうだ。
写真を見たけれど、車に火がつけられたり、警察にレンガや石を投げたり、まさに暴徒だった。
その時の写真やビデオからそれに加わった200人以上のうち、悪質な者50人強を割り出し、逮捕した。

巷でよく言われるのが、”あの暴動に参加したのは実はブラッドフォードの人間ではなく、それに便乗してやってきた外部からの人間が大半だったのだ。ブラッドフォードの地元の者の仕業ではない。”ということ。
しかし、今日会った警察官は、それを真っ向から否定した。
”あれはほとんどが地元のブラッドフォーディアンで、現に逮捕された五十何人の内、外部からの人間は5~6人に過ぎなかった。”

まあ事件の流れとしては、元々人々の間に緊張が高まっていたところ、それをBNPが刺激し、案の定刺激された人たちの不満が爆発したというところか。
これで一番ほくそえんでいるのは、何を隠そう(?)BNPなどの人種差別主義者たち。
”ほらみたことか!”と勢い勇んで選挙ではこの暴動などを槍玉に挙げ、思惑通り議席を確保。

うまいなー。というか、作戦見え見えだけど、まんまとみんなそれにのってしまって。。。

あの暴動から3年。
最近では壁に書かれた落書きやWEB上をチェックしたりして、コミュニティーでの”テンション”(緊迫感)を測っているそうだ。

彼らが”過去を振り返るだけではダメだ!ブラッドフォードはとても良い町なんだ!”と力説するごとに、自分の気持ちは逆に冷めていった。

解決の糸口はどこに。。。
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by smilingmoon | 2004-11-10 08:28 |  

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