ブラジル。

今日はブラジル人の大学教授を平和公園&原爆資料館に案内してきました。
よく考えるとこれまで平和関係で案内した人たちってアメリカ人がほとんどだったので、アメリカ人以外&英語がネイティブじゃない人を案内するのはちょっと新鮮でした。いつもは私が単語が分からなくて相手が教えてくれるのに、今日は私が教えてあげてたりして。うーん、いつも私の英語をネイティブの人たちはこんな気分で暖かく聞いてくれてるのかな。

今日は結構フルコースでした。
資料館だけじゃなくて、平和公園の碑巡りをしたり、旧日銀で折鶴の山を見たり。
アメリカでは有名なサダコさんや折鶴のこと。でもこのブラジル人の先生はあまり知らなかったようで、”なんで鶴しか折ってないの?”なんて質問していたけれど、サダコさんの写真があったので彼女のお話をしたらとても心を打ったようで、声を詰まらせていらした。
資料館の中でもサダコさんの折鶴が出口付近にあるのだけど、あのエリアは悲しすぎたようで、あまりじっくりご覧にならないままハンカチでチーンと鼻をかんでらした。
アメリカでも原爆の話はするなという人たちでもサダコさんのストーリーはして、なんて言うように、国境や世代を超えて、一人の子供のストーリーとして胸を打つのだろう。

逆に私が今日この先生と過ごして心に残ったことは、『平和』の定義。
ブラジルは先の世界大戦に参戦しなかった。所謂”戦争”を体験していない国だ。
だから&だけど、ブラジルの貧しい人たちにとっては、日々生きるために生活すること自体が”戦争”のようなものだと。今の状態が彼らにとっては”平和”ではないし、明日元気で生きていられるかさえも保障はないから。

う~ん、これはよく言われることだね。”平和って何?”という話。
日本に関しては、現在は確かに戦時下ではないし、ギャング抗争が日常化していて路上で撃たれる心配をして生きないといけないわけでもない。いじめや仕事のストレスで自殺する人が年間3万人以上いるのは平和ではないけれど、でもそれはある意味巻き込まれて死ぬわけではないよねぇ。
そういう意味ではやっぱり平和なんだろう、日本。
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by smilingmoon | 2006-08-25 22:37 | 学び  

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