ホロコースト。

毎日朝から1日歩き回ってるのでちょっと疲労蓄積気味。
でも毎日楽しくてあっという間に1日が過ぎていく。明日ブラッドフォードに戻ってからの現実を考えると辛いかも。。。

今日は朝からImperial War Museum(戦争博物館)へ。
別に戦争を賛美するような博物館を見たいわけじゃないけど、ここにホロコーストの常設展示が出来、これをずっと見たかったのだ。
小学生の時に父がいわゆる”読み聞かせ”をしてくれていた時期があるが、その中に「アンネ・フランクの日記」があって、それ以来この”ホロコースト”には関心がある。日本に帰る前に是非アウシュビッツにも行ってみたいと思っている。

今日の展示は期待通りとてもよく構成が考えてあって、たくさん考えさせられることがあった。
一番感じたのは、当時の一般のドイツ人たちはどういう気持ちでこの流れの中にいたんだろう、ということ。ナチのプロパガンダに影響され、本心からヒトラーの言うようにユダヤ人は地球上から抹殺しないといけないと思っていたのだろうか。道端でユダヤ人が餓死していっていても何も感じなくなっていたのだろうか。それとも、やっぱりホロコーストはおかしいと思いながらもメインストリームから外れたことをするのが怖くて、あまり深く考えないようにしてたのかな。

何が自分で怖かったかって、以前ならホロコーストについて学んでも、”あまりにも常軌を逸した行動で、そんなこと考えられない、もうこんなことは起きるわけがない”、と思っていたのに、今このホロコーストについて改めて学んでみて、何となく遠い昔の想像もつかないような信じられない事件だ!と感じていないことだ。
つまり、形は違えど、同じような酷いことが今の時代でも起こりうる、と感じてしまっているのだ。
例えば、アメリカや連合軍が今イラクでしていることだって、何なのか分からない。
なんで罪のない一般人が爆撃して殺されないといけないのか?イラクに民主化と平和をもたらすと言っても、そんな平和構築プランなんてどこにも見えてこない。
そんな状態を許しているのは今の私たちでもある。
ホロコーストの展示を見て、過去の歴史を変えることはもちろんできないけれど、今、そしてこれから起きることに対しては私たちも責任の一端を担っていると強く感じた。
”私は関係も関心もない”と言っても、未来の人たちからすれば、何の行動もしなかったことも同じ罪になる。

ホロコーストについてまだ心はモヤモヤしながらも、午後はテムズ川沿いの野外パフォーマンスを見たり、ジャパンセンターというところに行って納豆や豆腐など日本食を買い込み、夜はまたコベントガーデンへ行き、キャロルの友達のウォルターというおじいさんと3人で夕食を食べた。
ウォルターは82歳だけど、朝鮮戦争以来平和活動や核廃絶のために活動を続けているアクティブなおじいさん。今でもあんな街中をドライブして来てしまう。(足が悪いので地下鉄などは歩きにくいからだそうだが)
このウォルターはドイツで生まれ、1937年にイギリスに逃げてきたユダヤ人だった。
ドイツにそのまま居たらこの人は今ここに居なかったんだ・・・と思うと、不思議な気がした。あの時にホロコーストで殺された人たちが今も生きていたら、こんな風に一緒に座っていたかもしれないのに。

家に帰ってからもキャロルのビデオコレクションからホロコースト関係のビデオを観させてくれ、今日はホロコースト三昧だった。
かなり重い気分で床に就きます。
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by smilingmoon | 2005-01-03 10:23 | 学び  

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